第2章 契約 ~後編~
「さて、何から話をしましょうか。契約の説明すらも、まだキチンとできていませんしね。」
そう言いながら、目の前のカラスはこちらに向き直った。それにしても、このカラスの言葉遣いは、本当に丁寧だ。社会人……、いや、社会人だった私でも、自分の職場でこれほど丁寧な喋りが出来る人間など、そうお目に掛かれなかった。
「えっと……、『悪魔』さんは、その……、何というお名前でいらっしゃるのでしょう……?」
思わず、こちらも敬語を使ってしまった。
「別に、私に敬語は必要ありませんよ。主従でいうところの、『主』は貴女なのですよ。私は『従』う者ですから。」
「あ、はい……。」
「それに、私に名前はありません。『悪魔』に名前など、意味がありませんから。どうぞ、好きにお呼びください。いただいた名前を使わせていただきますよ。」
そう言われても、どうして良いやら分からない。犬や猫にならまだしも、『悪魔』に名前を付けた経験なんて、私には無い。
「えーっと……。過去に、呼ばれた、名前とかは……?」
「過去、ですか。そうですねぇ……。昔、『セバスチャン』と呼ばれたことがありますが……。」
微妙に声色を曇らせながら、カラスは答えてくれた。
「ふぅん……。何だか、物語に出てくる執事みたいな名前……。」
「……。そうかもしれませんね。その昔、執事として、主にお仕えしていたこともありますよ。日本ではありませんでしたが。」
少しの間のあと、カラスはそうこたえてくれた。
「へぇ……。何だか、似合いそう。話し方も丁寧だし。じゃあ、これからは私もそう呼ぶことにする。セバスチャンさんって。」
「……、……本気ですか。まぁ、いいでしょう。あと、別に敬称は必要ありませんよ。」
セバスチャンさん……、じゃなくて、セバスチャンは、少し呆れたようだったけれど、承諾してくれた。
「でも、カラスが執事って、すごいね?」
「まさか、この姿でお仕えしていたワケではありませんよ。」
「へぇ……?」
「御覧になります?当時の姿を再現しますよ。」
セバスチャンはカラスなので、表情を声色で読むしかできないのだが、今は少し楽しそうにしている気がする。
「見てみたい……、かも……。」
「それでは、主のリクエストにお応えして、ほんの少しだけ。」