第2章 契約 ~後編~
セバスチャンはそう言うと、床へと足を下ろした。
それと同時に、付近の闇が凝集して、人間のような形を成した。
そして現れたのは、漆黒の燕尾服を身に纏った、美貌の青年だった。
「あ……。」
あまりの衝撃に、私は思わず絶句した。凄まじいぐらいの色男だった。
「ふぅ。この姿は久しぶりですね。どうでしょう?なかなか、様になっているでしょう?」
これほどまでに艶めかしい男性を、私は今まで見たことが無い。
……ただし、どれほどの美貌であっても、その背景が私の汚い部屋なので、最高にミスマッチなのだが。
もしも、こんな執事がいて、「お嬢様」なんて呼ばれる日々があったのなら、それこそ夢のような毎日だろうと思う。
「どうでしょう?“お嬢様”?」
「!!」
まるで、心を見透かされたような一言に、先程とは別の意味で、言葉を失った。
「まぁ、この部屋は足の踏み場もありませんので、カラスの姿に戻りますが。」
その毒舌と共に、セバスチャンはカラスへと戻った。
「まずは、体の調子を整えましょう。清掃は、貴女が眠っている間に、済ませておきましょう、キリエ“お嬢様”?」
「あ……。」
そう言えば、ここ最近で、今日ほど喋りつづけたこともないし、連続で起きていたことも無かった。私の体は、やはりまだ本調子とは程遠いようで、急激に眠気が襲ってきた。しばらく、私は目を覚ませないだろう。
あぁ、久し振りに、誰かがいる部屋で、眠りにつく。揺り籠の中で、誰かに見守られながら眠る、赤子がみる夢。それは、とても幸福な夢だったんだと、薄れゆく意識でそう思った。
『第2章 了』