第10章 拷問 ~後編~
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翌日、午後10時。矢田夏雄は、ノコノコとひとりで廃墟にやって来た。いや、独りじゃなければ、セバスチャンに頼んで、取り巻きを全員殺してもらうだけなのだけれど。それに、セバスチャンに頼んで、矢田夏雄本人が指定した時間・場所にやって来なければ、矢田夏雄本人だけでなく、妻も殺害しに行くと、追伸を送ってもらったのだ。私としては、正直どちらでも良いが、やはり来てくれるに越したことは無い。その方が、エンターテインメントになるわけだし。
私は、柱の陰から様子をうかがうことにした。
「ココ、か……? 城本……?」
「いらっしゃいませ。」
矢田夏雄の震えた声に、セバスチャンが返事をする。よく通り、響き渡るようなセバスチャンの声は、およそ対照的であった。矢田夏雄は、セバスチャンの声に、ビクリとその身を震わせた。
「お嬢様がお待ちですよ。」
「お嬢様……?」
矢田夏雄は、セバスチャンの言葉をそのまま繰り返した。
「城本の、ことですか……?」
「いいえ。城本美沙は、お嬢様のペットです。こちらへ、どうぞ。」
「え……!?」
廃墟内は、音がよく響く。だから、多少離れていようが、見事なまでに音が響く。近付いてくる、2人分の足音に、私の心臓は高鳴った。
やがてその足音は、私の近くで止まった。
「お久しぶりです、矢田部長?」
私は美沙ちゃんを見つめていたけれど、仕方ない。後ろへ振り返り、矢田夏雄と目を合わせる。
「お、おまえ、は……。」
矢田夏雄は、驚愕の眼差しを、遠慮なしに私へとぶつけてきた。当然だろう。城本美沙――――自身の浮気相手を誘拐・監禁・暴行しているのが、元・職場の部下であるなどと、誰が想像するだろうか?
「お久しぶりです。天野キリエです。お元気ですか?」
「あ、あ……。お前、は……。」
私はそれなりに丁寧に挨拶してやったのだが、矢田夏雄は、茫然とした挙げ句に、言葉を失った。これって、今流行の「豆腐メンタル」ってやつ?