第1章 契約 ~前編~
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翌日、私は特に断りも入れず、いつもより少し遅い時間に出勤し、部長に辞表を提出した。
私の辞表は、ごくあっさりと受理された。
そのまままっすぐ帰ろうとしたところに、ものすごい眩暈と吐き気が襲ってきた。私は、壁に頭や手足をぶつけながら、何とか女子トイレの個室に辿りついた。洋式の便座に腰掛けて、体の奥底から這い上がってくる吐き気を何とかやり過ごそうとしていたら、遠くから近くに、聞き覚えのある声がした。無意識に、私の躰が震える。あぁ、そうだ。私に散々嫌味を言いまくっていた女の3人組だ。私は思わず、息を潜めて、自分の気配をこの女子トイレから消そうとしている。
「ホラ!写真、早く見せてよ!」
「……、……。」
「ギャハハハ!マジでウケるんですけど!……うっわ、コイツ、やっぱプライドの欠片も無いわ~!」
何の話をしているのか、よく分からないけれど、あまり良い話でもなさそうだということだけは、分かった。
「翔もさぁ~、散々コイツのこと遊ぶだけ遊んで、何日か前にポイしたよね~?『俺が言えば、何でもヤる、犬みたいな女だったな~』とか言ってたしさぁ!んで、一通り試したところで、計画的に捨てた、とか自慢げに言ってたもんね~~!アハハハハ!!」
「……。」
女子トイレの個室の中。私は、震えが止まらなかった。あぁ、やっぱり、そうだったんだ。
私の唯一の味方でいてくれていたって信じてた翔くんも、味方じゃなかったんだ……。……。本当は、ハッキリと言われる前から薄々気付いたけれど。
私は、吐き気と眩暈で朦朧となっている頭で、ぼんやりと思考する。
翔くんが、私をカワイイとか、好きだとか言ってくれていたのは、私を都合の良いようにするためでしかなかったという事だ。そう言えば、そんな言葉って、性行為の前後しか、言ってくれなかった気もする。本当は、何となく勘付いてはいたのだけれど、仕事だって必死に頑張ろうとしていた私は、その現実を直視するのが怖かったのだ。だって、翔くんに捨てられたら、それ以上は生きていけないって思っていたから。でも、今は違う。そんな現実に直面させられたところで、目を逸らす理由も、もう無い。なぜなら、私はこれから死ぬから。自殺するって決めているから。