第9章 ・若利のやってみた
「あれがそういう文句を言った事はない。」
「文緒ちゃんも相手が若利クンで良かったねぇ。」
天童は少々品のない笑みを浮かべた。
「どういう意味だ。」
尋ねる若利に天童はえー言わせんのーとヘラヘラする。
「若利クンなら浮気の心配はなさそげで良かったねぇってハナシ。」
「何故そういう話になるのかがわからない。」
「夫婦愛深(ふか)っ、うらやまし。」
「まだ嫁じゃない。」
「いずれはぁ。」
「嫁にする。」
「そういうコト堂々と言えるのが若利クンクオリティだよね。」
「よくわからない。」
突っ込み不在の不毛な会話を交わしたる後(のち)若利は帰宅し、天童は寮へ戻ったのだった。
何も知らない若利の義妹、文緒はいつもどおり玄関で義兄を待っており戻ってきた義兄と言葉少なに会話をして夕食にし、またも自分を一緒の寝床に入れようとする義兄に若干抵抗していた。
まさか天童がまた義兄を妙な事に巻き込み文字通り踊らせているとは思わない。若利もそれについて特に語らなかった為文緒は後日起こる事など全くもって想定していなかった。
そして問題の後日である。その日は学校の授業が早く終わる日で必然的にどの部活動も早く始まって早く終わっていた。
文緒も文芸部の活動が終わった訳だがふと義兄の若利はどうしているのか気になった。いつもなら義兄の邪魔をしてはいけないと先に家へ戻っているのだが今日は早く終わった為に気になったのである。
なのでいつも一緒に帰る友人とは申し訳ないけどと言って別れた。
そうして今や校内で完全に牛島若利のロリ嫁などと認識されている少女はポテポテと体育館へ向かう。いい天気だったせいか呑気に構えていた文緒だが体育館に着いてから監督の鷲匠に怒られる可能性を思い出した。
いけない、とは思ったが今更引き返すのもと思って入り口に近づく。
普段バレーボールが弾む音や部員達が走ったり飛んだりする音がよく響く体育館からは今回そういった音が聞こえなかった。代わりに軽快な音楽とバレーボールとは別の飛んだり跳ねたりする音がする。
おや、と思った文緒はそっと扉の隙間を覗き込んでみた。