第8章 ・不思議な8月13日
「ああ何てこと、」
牛島文緒はひとりごちていた。只今夏休みの最中、外では蝉がやかましく鳴いており文緒は自室の文机の前で頭を抱えていた。傍らには相変わらずスマートフォンに変えてからも使っている携帯型映像機器、ロック画面に表示されている日付は8月13日だった。
「すっかり忘れてた。」
何と文緒は義兄である若利の誕生日を忘れていたのである。しかし無理もない面がある。以前の学校では嫌われ者だった文緒は誰かに誕生日を祝ってもらうという事がなかった。存命の頃の両親に祝ってもらった記憶はなくもないがそれもかなり遠い日の事で小学校の高学年以降実母、実父と亡くなるまでの期間ずっと途絶えていた。つまり文緒には誕生日を祝うという習慣がない。
という訳で文緒は焦っていた。今頃チームメイト連中からは祝ってもらっていることだろう。実際義兄はチームの連中と出かけてくると言って今朝外出していった。
あの義兄の事なので気にしないとは思う。だがしかし義兄に色々世話になっておきながらまさか妹の自分が何もしないという訳にはいかないだろう。
「どうしよう。」
またひとりごちる文緒、顔からは明らかに動揺が見える。プレゼントも何も考えていない、何も思いつかない。しばしそのまま悩む文緒だったがとうとう顔を上げた。スカートのポケットからスマートフォンを取り出してやっと使い方に慣れてきたメッセージアプリを起動、文芸部の友人にメッセージを送る。
1人で唸っていても埒が明かない、相談してみようという判断だ。
少しの間まだぎこちなさが残るフリック入力でメッセージのやりとりをした後文緒はよし、と立ち上がった。
「おでかけしよう。」
そうして文緒は箪笥を開けて服や鞄を引っ張り出しにかかるのだった。