第31章 可愛いね。
昼休みの中庭。木陰のベンチに座って各々の昼ご飯を食べながら、ふと希灯がカムクラに言う。
『ねぇ、イズルくん。こないだ聞いた話なんだけどさ、相手に「可愛い」って言い続けるとほんとに可愛くなるって説があるんだって。』
希灯の言葉に、カムクラは別段興味を示さずに咀嚼を続ける。
『それでね、その説が本当かどうか試してみようかなって思ったんだけど……協力してくれる?』
「……協力も何も。ただあなたが頻繁に僕に向かって可愛いと言うだけのことでしょう。勝手にしなさい」
飲み込んだ後、カムクラが静かにそう返した。
『いいの?。じゃあ、さっそく今日の分……イズルくん、"可愛い"ね!。』
嬉しそうな顔で笑いながら、希灯がカムクラにそう声をかける。
カムクラは希灯と視線を交わさず、食事の摂取を継続した。
『……今どんな感じ?。可愛くなりそう?。』
「別に。ですが、あなたの試みがどうしようもなく滑稽なことだという確信は持てました」
『ツマラナイってすら言ってくれないんだ?。まぁ、これは地道な継続が必要だからね……無事に可愛くなれるといいね。』
「どうでもいいことです」
ペットボトルのお茶を飲みながら、カムクラは無関心にそう言った。
『今日も可愛いよ、イズルくん。』
『どこ見てるの?。虚ろな目がとっても可愛いね!。』
『溜め息まで可愛いなんて……超高校級の可愛いの才能まで持ってるのかな?。』
そんな声かけが1ヶ月ほど続いたある日、実験は唐突に終わった。希灯が飽きたのだ。
あれから希灯は毎日カムクラに「可愛い」と言い続けたが、カムクラは相変わらず何も変わらない。
希灯はそれでもいいと思った。
だってイズルくんは可愛くても可愛くなくてもイズルくんだから――。
希望ヶ峰学園の中庭のベンチでカムクラとの昼食を楽しみながら希灯はそう納得した。
「あと5分で昼休みが終わります。戻りましょう」
『はーい。』
カムクラに言われるがままベンチから立ち上がり、教室へと続く道を歩く。
風がサワサワと吹き、中庭の木々やカムクラの髪、希灯のスカートを揺らす。気持ちの良い午後だ。