第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
その時、背後から靴音がする。
風をきって私の横を通り過ぎ、修一さんの背中を目掛けていくその人の手を、私は咄嗟に掴んだ。
てっちゃんは怒りを込めた眼差しで私を見下ろす。
「いいの」
「良くねぇよ」
低い声とともに、私の手を振りほどこうとする。
「お願い。もういい。これで私、あの人とは何の関係もないから」
しっかりした声で話せる。
不思議と涙は出なかった。
悔しくて堪らないけど、あの人と別れられたことにホッとしてる。
これでやっと、関係を絶つことができた。
それに、今ここにてっちゃんがいてくれること。
それだけで、私の心は救われてる。
てっちゃんはそこでやっと、腕の力を抜いてくれた。
店を出た私たち。
言葉はない。
私の一歩先を、てっちゃんは歩いていく。
何を…思ってるのかな。
「あの…。変なことに巻き込んで、ごめんね。それから…ありがとう」
立ち止まって振り返ると、ほんの小さく笑うてっちゃん。
「ありがとう、なんていらねぇよ。俺、出番なかったし」
……違う。
全然違うよ。
「てっちゃんがそばにいてくれたから、強くいられたんだよ。ほんとはね、さっき彼を追おうとしてくれて、すっごく嬉しかった。ありがとう」
「じゃあ…どういたしまして?」
そう言って、大きな手で何度か頭を撫でられる。
よく頑張ったな、って。まるでそう言ってくれてるみたい。
てっちゃんの手はいつだって、温かくて優しい。