第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「あ。灰羽のお祝いの時のケーキ」
「え?」
「あれ、美味しかったです」
おお…珍しいこともあるもんだ。
ツッキーらしからぬ素直な言葉が梨央ちゃんに向けられる。
そういや、こいつショートケーキ好きなんだっけ。似合わねぇけど。
梨央ちゃんの表情は、途端にパアッと明るくなった。
「ほんと?ありがとう!自分が作ったものを褒めてもらえるのって、すごく嬉しい!」
「そうですか…」
いいねいいね、ツッキーグッジョブ!
彼氏のせいで自分に自信なくしてた梨央ちゃんには、きっとすげー響いたと思う。
「梨央ちゃん!肉食いなよ、肉!遠慮せずにホラホラ!」
「あ、うん。ありがと」
木兎は高校の頃と劣らぬ勢いで飲み食いしている。
おい、お前はもう少し遠慮しろ!
「今度は汐里も来れるといいよな!」
「汐里…さん?」
「おう。黒尾の後輩で、俺たちの友達。ツッキーと同い年なんだ。今日は都合悪くて来れなかったんだけど。いい奴だよ!」
「そうなんだ。女の子かぁ」
場は和やかに過ぎ、梨央ちゃんが楽しんでくれていることもわかって俺は安心していた。
そこに突如、男の声が響く。
「ほんっと、気が利かねーなぁ!」
振り返ってみれば、男女数人のグループがいて、そのうちの一人の男の声だった。
「だって誰かが持ってくると思ったんだもーん!」
どうやら何かを忘れてしまったらしい。
その男はこちらに近づいてくるなり、一番近くにいた梨央ちゃんに声をかけた。
「すいません、割り箸余分にあったら貰えませんか?」
「……」
梨央ちゃんは固まったまま。
「あの…?」
「あ、はい…。割り箸…」
男の顔を見ないようにしながら、辺りをキョロキョロ探している。
思わず手を伸ばした。梨央ちゃんの真ん前にある、100均の割り箸を適当に掴んで男に手渡す。
「足りますか?」
「はい、充分です。すんません、ありがとうございます」
「いいえー」
そんなやり取りした後も、梨央ちゃんは動かない。