第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
昨日あんなに傷ついた梨央ちゃんを見た後だってのに。
自分の性欲に呆れるね…。
しかも朝っぱらから。
そんなことには気づかない梨央ちゃんは、ガラスの器をコーヒーカップの隣に並べた。
中にはブルーベリーソースのかかったヨーグルト。
甘酸っぱいそれとコーヒーで朝飯を済ませ、時間を確認。
ネクタイにスーツ、それから腕時計を身に付けて、帰り支度をする。
梨央ちゃんも着替えて化粧して、出勤の用意をしているところだ。
「梨央ちゃん、俺行くな」
開け放した洗面所の中に向かって声を掛ける。
手にしていた化粧品をポーチにしまいながら、梨央ちゃんは振り返った。
俺のそばに来てあらたまって顔を見上げてくる。
「てっちゃん、本当にありがとう。近いうちに、彼にちゃんと別れ話しようと思う」
「ああ。もし何かあったら絶対連絡くれよ?」
「うん」
「じゃあな」
靴を履いて玄関のドアに手を掛け、半分体を外に出したところで、後ろから声がした。
「いってらっしゃい」
振り返った先の梨央ちゃんが、胸元で小さく手を振りながら見送ってくれている。
「…………。イッテキマス…」
やっべ…。
すっげぇ可愛い…!
なんだコレ、新婚みたいじゃね?
そんな妙な妄想しちまう程、梨央ちゃんの顔は清々しかった。