第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「ちゃんと風呂で温まってから寝ろよ?」
「うん……。ありがとう。送ってくれて」
鍵を刺して部屋の中に……そう思うけど、もうひとつ頼りたくて。
恥ずかしいけど、やっぱりこんなこと聞ける男の人、てっちゃんしか思い浮かばない。
ゆっくりと顔を見上げた。
黒髪から覗く瞳が、私を見てる。
私が何か言いたそうにしてるのに、気づいてくれてる。
聞いてもいい?引かない?バカにしない?
てっちゃんは、私の話聞いてくれる?
「ねぇ……教えて?」
「何?」
「あの、ね。……男の人の……性欲、のこと」
てっちゃんの顔を見たら聞けない気がして、目を背けた。
「彼女が "あの日" でも……その、シタイ、って欲は…抑えられないもの…なの?今日断ったら……口でしてって……。私お腹痛くて、そんなの無理で。そしたら…」
「無理矢理されたのか?」
私の言葉を遮るように、てっちゃんの低い声が響く。
こんな声聞いたことなくて、思わず顔を上げた。
眉をひそめて、すごく怖い顔してる……。
「……ううん、されてない」
「……そう」
「でも、ガッカリされた。『俺を気持ち良くさせることしか取り柄がないクセに』って……」
「は?」
「私、どうすれば良かった……?」
話してたら、さっきの修一さんとのやり取りがまた浮かんできて…。
堪えきれなくなった。
唇を噛み締める。
その時突然、腕を掴まれた。
体勢を崩した体は広い胸に抱き止められ、てっちゃんの顔は見えなくなっていて。
息を呑むほど強い力で体の自由を奪われた。
抱き締められてるんだって、数秒置いて理解できた。
少し苦しいくらい。
でもその力強いてっちゃんの腕に、きっと安心したんだと思う。
私の視界は、涙一色になった。
「んだよ、それ…っ」