第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
二人で電車に乗っている間も、てっちゃんは何も聞いてはこなかった。
ユラユラ揺れる電車の中、肩に触れてる彼の腕が温かい。
ただ隣にいてくれることが、固くなった心をほどいていく。
二駅分進んだ電車は家の最寄り駅に到着した。
「肩、濡れてね?大丈夫?」
「うん…」
てっちゃんの傘の下、私の家まで並んで歩く。
「ごめんね、迷惑かけて」
「んなこと思ってねーよ」
「あの……ね…。実は、彼を怒らせちゃって…」
おずおずとそう言えば、てっちゃんは私を見ながら静かに尋ねる。
「何したの?とは、聞かねぇ方がいいんだよな」
「……うん」
「んー、じゃあさ。それって梨央ちゃんが悪いの?」
私が悪い……の?
違うと思いたい。
でも、私の感覚がおかしい?
私が世間のそれとはズレてるのかもしれない。
わからない。
自分のことだから?
もし友達がこんな相談してきたら、どう答える?
わからない、わからない。
「わからない……」
そう答えるしかない。
「価値観の違いみたいなもん?」
「そう……かもしれない」
「だったら、きちんと話すのが一番なんじゃね?」
「……うん」
話したくても、修一さんは私の話を聞いてくれない。
機嫌を損ねれば無視されて。
気分が戻れば体に触れてくる。
この先、どんな風に付き合っていったらいいのかもわからない。
私のアパートが見えてくる。
ここでいいよ、ってそう言ったけど、てっちゃんは部屋の扉の前まで送り届けてくれた。