第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
また、大きなため息。
「…………あっそ」
「ごめんなさい……」
修一さんは冷たい目をして寝室に入ってしまった。
ため息は嫌い。
その数だけ、ガッカリされているんだと思い知らされる。
そういえば、修一さんが満足した顔してるのは、私を抱いている時だけな気がする。
でも、こんな時にまで体を求められるのは嫌だし……優しくない。
寝室の扉を開けた。
部屋の中はもう暗い。
修一さんはベッドに入ってる。
「修一さん……今日は、帰るね」
「……」
返事はない。
怒ってる。
こういう時、修一さんはとことん私を無視する。
静かに扉を閉めようとしたその時、声がした。
「俺を気持ち良くさせることしか、取り柄がねークセに」
何を言ったらいいのかわからなかった。
私……そんなにダメな存在?
修一さんにとって、セックスできなければ意味のない存在?
あまりにもショックで、私はただ呆然としたまま修一さんの部屋を後にした。
外はパラパラと雨が降っていた。
小降りだし、駅までならそんなに濡れなくて済むかな…。
雨の中を一歩踏み出した。
そういえば、お腹の痛みはなくなってる。
薬が効いたんだ。
でも、代わりに心が痛い。
修一さんの言葉が頭から離れない。
「俺を気持ち良くさせることだけが取り柄」―――。
修一さんの理想に近づこうと頑張ってた私は何なの?
もう、疲れた。
私が私じゃなくなっていく―――。