第7章 君が唄うラブソング ※【月島蛍】
別に奈々子さんに対して、優しくしようなんて意識してるワケじゃない。
ただ、冷たくあしらえない雰囲気の人なんだよな…。
フロントガラスの向こうに見えるのは、さっき僕たちが立っていた砂浜。
そこを一組のカップルが寄り添いながら歩き、二人して奈々子さんみたいに笑ってる。
特別素敵なことじゃなくたって楽しい、か…。
考えてみれば、今まで何も特別なことなんてしてこなかった。
一緒に飲んだ場所は、高級な店でも雰囲気のあるバーでもない。
この前なんか、メイクどころか髪はボサボサでお洒落もしていない奈々子さんを見てる。
部屋は散らかってたし、大きなゴミ袋が玄関を占領していてムードも何もあったもんじゃなかった。
楽しいことだって、していない。
それでも…
奈々子さんとの時間に自ら入り込んだのは、僕だ―――。
「お待たせー!」
「…ありがと」
「ねぇ、あの子たち元気だね。こんな寒いのにずっとあそこにいるよ」
奈々子さんの視線の先には、僕も見ていた男女。
「楽しいんじゃない?」
「うん…。そうだね」
お互い缶コーヒーのプルタブを開けて、ひと息つく。
まだ砂浜で戯れるカップルを見ている奈々子さんに、何となく思うところを聞いてみる。
「どうして海に来たかったの?」
「んー?そうだなぁ。……やっぱ王道だから…かな?」
「そんなもん?今までの彼氏とも海デートしてきたとか?」
「そんなこと聞く?」
奈々子さんは気まずそうにコーヒーを含む。
ああ…。あの元カレとそういうデートしたってことね。
「聞かない方が良かったならごめん」
「ううん、大丈夫。あ、でもここの海じゃないからね!」
「いいよ。そんなことわざわざ言わなくて」
別にそこは気にしない。
むしろこの前元カレと言い争う姿を見てしまっただけに、嫌なことを思い出させたんじゃないかって、ちょっと後悔する。
奈々子さんは少し黙ったあと、ポツリポツリと意外な話をし始めた。