第7章 君が唄うラブソング ※【月島蛍】
「ここなの。私の家」
指差す先には、ニ階建てのアパート。
レンガタイルの外壁でお洒落な雰囲気だ。
一階にある一室の前まで来ると、奈々子さんはこちらを見上げる。
「いつか、遊びに来てくれたら嬉しいな」
「……」
何て返せばいいか迷う数秒の隙に、次の言葉は繋げられる。
「送ってくれてありがとう」
「…いえ」
「蛍くんも帰り気を付けてね」
「僕は男なんで平気ですよ。じゃあ…」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」
奈々子さんに背を向け、駅に向かって再び歩き始める。
恋愛関係には発展しない、と木兎さんたちに明言したけど。
片方に恋愛感情が芽生えた場合、この関係はどう呼ぶのだろう。
奈々子さんに突如好意を向けられ戸惑いはあるものの、厄介なことになった…とは不思議と感じない。
ただ、それに応えられるほどの気持ちの変化が僕に訪れるなんて、ハッキリ言って想像できない。
曖昧なことをしてしまったのだろうか。
今更ながら、自分の行動に自信が持てなくなる。
興味のない女なら後腐れないようにキッパリ振ってきたし、その選択を後悔したこともなかった。
でも、奈々子さんに対しては何故か冷たくできないというか、あの笑顔を壊したくないというか…。
ああ…何だよ、ホント。
こんな自分、僕らしくない…。
ふと冬の風が体に染みる気がして、肩を竦める。
さっきもこんなに寒かったっけ?
奈々子さんのお喋りに耳を傾けていたからか、あんまり気にならなかった。
数分前まで隣にいた人が、今はいない。
寒さが身に染みるのは、そのせい…?
…いや、違う。意味なんてない。
一度は頭を振ってみるけれど、結局僕は自分の家に帰り着くまで、奈々子さんのことばかり考えていた。