第5章 glass heart【赤葦京治】
寒さを凌ぐため、コートのポケットに手を入れて歩く。
前方にツッキーのアパートが見えてきた。
その出入口の前にはトラックが一台。車体に書かれた会社名からして、引っ越し業者のようだ。
従業員の男の人が、せわしなく荷物を積み込んでいる。
どうやら誰かがここから引っ越すらしい。
ふと、扉が開け放されたままのその部屋を見上げてみた。
「……え?」
ちょっと、待って…
あの部屋…。
二度もお邪魔したから、覚えてる。
ツッキーの部屋だ。
何で?引っ越すの…?
それって…、私のせい…?
思わずツッキーの部屋へ続く階段を駆け上がる。
玄関の外から覗いた、向こう側。
そこには何も物がなかった。
写真立てが置かれたサイドボードも、一緒に食事をしたローテーブルも。
ただの白くて四角い空間。
広々としたその場所には、たった一人、ツッキーだけが立っていた。
「ツッキー…」
私の声に頭を揺らしたツッキーが、ゆっくり振り返る。
「…汐里」
少しだけ丸くなる瞳。
私たちは、ほんの数秒黙り込んだ。
「引っ越すの…?」
「うん」
「私の…せい?」
私はツッキーの気持ちに応えることができなかった。
だから、ここにいることが嫌になったのかな…。
私が近くにいる、この場所が。
「そんなんじゃないから。もう少し職場に近いところの方が、都合よかっただけ」
いつものツッキーみたいに、何でもないことのようにサラッとした物言い。
どうして、引っ越すこと黙ってたの―――?
バカな疑問が頭を過るけれど、言葉にするのは飲み込んだ。
少し考えてみればわかること。
ツッキーの性格なら、尚更。
そんなの…
私への気遣いに決まってるじゃない…。
「荷物、もういいですかー?」
そばに歩み寄ってきた引っ越し業者の人が、再びの沈黙を割る。
「はい、すぐ行きます」
ツッキーの返事で、トラックへ戻っていくその人。
室内にいたツッキーは玄関にやって来る。
スニーカーを履き、キーホルダーも何も付いていないシルバーの鍵を手にした。