第5章 glass heart【赤葦京治】
*赤葦side*
遥との恋は、俺にとってとっくに過去のもの。
出会えてよかったと思う。
二人で過ごした日々は、今も大切な思い出。
遥に対して思うのは、本当に、それが全てだ。
『京治、お願いがあるんだけど…』
あの日、病院に着いてすぐ点滴が施された遥。
お腹の赤ちゃんは元気だということで、ホッとした顔を見せる。
旦那さんにも連絡がついたと言うし、俺の役目はここまでだと帰ろうとしたところで、声を掛けられた。
『このハンカチね、さっきの女の子が貸してくれたの。悪いんだけど、洗って返しておいてくれないかな?』
差し出されたのは、俺が汐里にあげたハンカチ。
『ほんとは私がそうしたいんだけど。でも…ね、それは無理でしょう?』
『わかった』
ハンカチを受け取り、上着のポケットヘ入れる。
『素敵な子だったね。見ず知らずの私に、こんなに親切にしてくれて』
『うん。すげぇ、いい子』
『…彼女?』
『…ううん』
小さく首を振る。
『でも、彼女にしたい子』
僅かに目を丸くしたあと、遥は笑う。
『そっか。上手くいくといいね』
『うん…。じゃあ、行くよ。元気な赤ちゃん産んでね』
『ありがとう、京治』
遥、今度こそお別れだ。
粉雪が舞っていたあの冬の日とは、もう違う。
最後は、お互い笑顔で。
遥と別れ、出入口に向かって廊下を進む。
その途中すれ違った男性が、彼女のいる部屋へ慌ただしく入っていく。
『遥!大丈夫!?心配したよ~!』
『なんで半泣きなの?』
『だって二人に何かあったらさぁ…』
『もう…お父さんになるんだから、しっかりしてよね?』
旦那さんと話す遥は、俺が知る彼女より妙に逞しくなってる。
思わず含み笑いした。
さようなら、遥。
どうか、いつまでも幸せに―――。