第5章 glass heart【赤葦京治】
「つわりが酷いみたいで、随分体重も減ったって言ってた。あの日、病院に着いてすぐ点滴してもらってたよ」
「そう、だったんですか…」
そっか、妊娠…。
てっきり、何か病気なのかと思ってた…。
意外な事実に呆然としている中、赤葦さんは続ける。
「俺、付き合ってる時、遥を不安にさせてたんだ。その不安を取り去ってやることができなかったし、俺の愛情も全部は届いていなかった」
遠い日を思い返すような、静かな口調。
話の内容に反して声色は穏やかだ。
「それを知った時はやっぱりショックで、どこかでずっとわだかまりになって残ってたんだけど…。
でも今、遥のお腹には赤ちゃんがいて、旦那さんもいて。
あの日遥と再会して、心から彼女を祝福できる自分に気づいたんだ」
晴れやかな赤葦さんの顔に、私も笑顔で返す。
「これ。遥に貸してあげたんだね」
そう言ってコートの中から赤葦さんが取り出したもの。
目に映るのは、小さな白い花とクリームイエロー。
「あ…」
赤葦さんがくれた、春色のハンカチだ。
「汐里に、返しておいて欲しいって」
「遥さんが…?」
もう、私の手元には戻ってこないと思っていた。
私にとっては特別なものだけど、他の人から見れば何の変哲もない一枚のハンカチ。
それをわざわざ返してくれるなんて…。
「嬉しい…。ありがとうございましたって、遥さんに伝えてもらえますか?」
「んー、残念ながら、その機会はもうないかな」
「あ、そっか。旦那さん、気を悪くしますよね…」
「それもそうだけど。俺、もう遥とは繋がりを持つつもりないから」
赤葦さんの手が、そっと私の指先を握った。
それって…
私たち、同じ気持ちなんだって…
期待してしまっても、いいですか…?