第3章 <クロ生誕記念SS> 神様に誓う前に
瞳に涙を溜めた梨央が、ゆっくり頷く。
「……はい」
その姿に思わず目を細め、梨央の左手の薬指に、そっとキスをした。
「もお…やだぁ、てっちゃん…こんなタイミングでプロポーズなんて、ずるいよ…」
「いや、だって。俺もちゃんと伝えたくなってさ」
「メイク崩れちゃうじゃない…」
「おわっ、そうだよな!堪えろ!まだ流れてないからセーフだろ!?」
瞳に留まったままの涙。
メイク台の上にあったティッシュを取り、優しく目元を抑えてやる。
「よっしゃ、大丈夫。綺麗なまんま」
梨央が気にしたメイクの崩れは阻止した。
今から挙式だってのに、ボロボロのメイクじゃ可哀想だ。
「ありがとう…てっちゃん。すっごく嬉しい。私もね、てっちゃんが腰の曲がったおじいちゃんになったって、絶対愛してるからね」
「おう」
頬に赤みが差した梨央の顔を、片手で包む。
「何か今更なんだけどさ…」
「ん?」
「俺の誕生日が結婚記念日って、悪いっていうか…」
「悪い?何で?」
「だってそういうのって、どっちかってーと女の誕生日にしたりするもんじゃね?」
梨央は不思議そうな顔をしたあと、俺の手を握る。
「二人が気に入る式場を見つけられて、しかもたまたま空いてる日取りがてっちゃんの誕生日だったんだよ?運命的じゃない?」
「まあ、な」
「てっちゃんの誕生日は、私たち夫婦の誕生日。すごく嬉しいよ、私」
「ああ」
「てっちゃん」
「ん?」
「お誕生日、おめでとう」
そう言いながら顔を綻ばせる梨央が、とても綺麗だ。
華奢な両手を取り、梨央を椅子から立ち上がらせる。
ストレートラインのシンプルなドレス。
ビスチェの胸元にはレースがあしらわれていて、ドレス部分のシルクシフォンは梨央が作るメレンゲのような柔らかさ。
控えめなトレーンも、レストランウェディングらしくていい。
つまりは、梨央によく似合っている。
「ありがとう…梨央」
髪もドレスも崩れないように気を配りながら、ふんわりと梨央の体を抱きしめる。
そしてありったけの心を込めて…
「愛してるよ」
俺の花嫁に、優しいキスをした。