第3章 <クロ生誕記念SS> 神様に誓う前に
部屋へ戻れば、ヘアメイクを終えた梨央はまだスタッフの人と談笑していた。
二人へ近づき、静かに声をかける。
「あの」
俺に気づくと、揃ってこちらを向く。
「あ、鉄朗さん。おかえりなさい」
「戻ってきてくれて良かった!」
おどけたように笑う梨央を横目に見る。
「すみません、少しだけ二人きりにさせてもらえませんか?五分でいいんで」
「もちろんですよ。それでは、また後ほど」
スタッフさんは俺の言葉を特に気に留めるでもなく、部屋から出ていった。
一気にシンと静まり返った室内。
俺は椅子に腰掛けたままの梨央を見下ろす。
梨央は俺が何を言い出すのか、少し緊張した面持ちでこちらを窺っている。
「てっちゃん…?」
「綺麗だよ、梨央。すげぇ、綺麗」
一瞬驚いたように目を見開いた梨央が、ふんわり笑う。
「ありがとう。てっちゃんも、すっごくカッコいい」
「まあね」
俺を見つめてくれるその眼差しが、堪らなく愛おしい。
ずっとこの瞳に焦がれて…守りたくて…。
でも、守られていたのは自分だと気づかされた。
泣かせたことを悔やんだ分、これから先は沢山笑って欲しい。
花が咲いたような梨央の笑顔を、ずっとずっと、見ていたいんだ。
「梨央」
「ん?」
「梨央がプロポーズしてくれてからさ、何か流れるように今日まで来たけど…。俺、結婚する前にやり残したことがある」
「…何?」
「神様よりも先に。一番に誓いたいのは、梨央だから」
梨央の目の前にひざまづき、爪に桃色のネイルを施した綺麗な左手を取った。
「俺、楽しい時も辛い時も、ケンカしたって、どんな時でもずっと梨央のそばにいるよ」
「…うん」
「俺をこんな気持ちにさせてくれるのは、梨央だけ。梨央といられるだけで、すっげー幸せ」
「……私だって」
少しだけ声を震わせて、梨央はまた笑う。
愛おしい梨央の笑顔を見ながら思う。
心から。
「俺、一生梨央を愛してる。シワシワの婆ちゃんになってもな?だから…
俺と、結婚してください」