第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「てっちゃんは別に」
「…ダヨネ」
作った笑顔をスッと元に戻し、俺は両手をコートのポケットに突っ込んだ。
梨央ちゃんは俺を見ておかしそうに笑う。
「ごめん、ごめん。だって、てっちゃんに"可愛い"って、一番似合わない言葉なんだもん。可愛いって言って欲しいの?」
「いや。そういうことじゃねーけど」
そう。
別にそんなこと言われたいわけじゃない。
ただ、梨央ちゃんに抱きつかれる研磨が少し羨ましかったり…。
まあ、それは秘密だ。
「もう、拗ねないの。そんな君にこれをあげよう」
「何?」
「ハッピーバレンタイン!」
梨央ちゃんはバッグからラッピングされた箱を取り出すと、両手で俺の前に差し出した。
「あー、今日14日だっけ?」
「うん。まあ、二人とも他の女の子がくれるかもしれないけど。よかったら貰ってよ。自信作!」
赤いラッピングに金色のリボンが巻いてある。
梨央ちゃんの作るお菓子はハズレだったことなんてないけど、"自信作"というからには特に美味いんだろう。
「サンキュ」
「はい、研くんも」
「ありがとう」
三人でバス停まで歩く。
研磨と話す後ろ姿を見ながら、ふと思う。
何か…また綺麗になった気がする。