第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
*黒尾side*
寒い。
冬の朝は、ただひたすら寒い。
2月ともなればそれもピーク。
時には雪だって舞う。
週に一度、バレー部の朝練が休みの日がある。
それが、火曜日。
部活を引退した今、火曜だけは研磨と登校している。
と言っても、それができるのもあとわずか。
俺がもうすぐ卒業だから。
LINEで「着いた」とメッセージを送ると、すぐに家の門からノソッと研磨が出てきた。
こいつが寒いの苦手なのは知ってる。
でも、いくらなんでも着込み過ぎじゃねーか?
「おっす」
「おはよ…。めちゃ寒い…」
顔の半分くらいまでマフラーで覆った研磨が、猫みたいな目で俺を見上げた。
「まあ、冬だししょうがねぇわな」
研磨はマフラーの中で小さくため息をついた。
完全防備の研磨と並んでバス停まで歩き始める。
今日の小テストが面倒くさいとか、山本がうるせーとか、リエーフはもっとうるせーとか、そういやあいつの姉ちゃんがめちゃ可愛いとか。
そんな他愛ないことを話しながら歩いていると、研磨がピクッと顔を上げた。
「来る」
「何が?」
「梨央ちゃん」
研磨がその名を口にした途端、背後から足音が近づいてくる。
「研くん、てっちゃん、おはよう!」
そう言って声を弾ませて駆け寄ってきたかと思えば、研磨の背後から声の主がギュッと抱きついた。
「着膨れした研くん、可愛い~!」
ギュウギュウと研磨を絞め潰しそうな勢いの腕に、俺はやんわり手を掛ける。
「梨央ちゃん。ソレ、研磨死んじゃう」
「え!?それはダメ!」
梨央ちゃんは慌てて研磨を解放した。
「大丈夫?研くん」
「何とか」
研磨も慣れたもので、動じる気配は全くなし。
「研くん、部活頑張ってる?」
「ぼちぼち」
猫を撫でるみたいに研磨の頭をグリグリしている梨央ちゃん。
俺は背を屈め、梨央ちゃんの顔を覗き込んでニッコリ笑った。
「ねぇねぇ、梨央ちゃん。俺は?」
「何?」
「俺のことは可愛いなーとか思いませんか?」
梨央ちゃんはキョトンとした顔で俺を見つめた。