第2章 この腕の中の君 ※【黒尾鉄朗 続編】
黙り込んでいた成瀬が、やっと口を開く。
その声に温度はない。
俺が今、どんな顔をしているのかなんて、成瀬に言われるまで全く気づかなかった。
「黒尾くんの優しさは…狡いよ?口は優しくないから、尚更狡い。余計に心に染みてくるんだもの…」
力なく、ポツリポツリと言葉を溢す。
「期待したわ、私。あんな風に一晩中そばにいてくれたんだもん。怯える私のワガママ聞いてくれて、手を握ってくれて、安心させてくれて。もしかしたら、彼女から心変わりしてくれるかもって、期待しちゃった。それなのに、何事もなかったみたいにかわされて…。憎らしくなったわ…」
「……ごめん」
こいつに対して半端なことした俺も悪い。
想いを向けられてる女にすることじゃなかった。
「あれは…嘘よ」
「…え?」
「黒尾くんは…黒尾くんからは、キスなんてしてない」
「……」
「でも、寝てる黒尾くんに私が勝手にキスした。私がそういう女だってこと、わかってたでしょ?隙を見せた黒尾くんも悪いのよ?」
「…ああ」
「でも……」
俯き、唇を震わせる。
「今日の、ことは……ごめん…なさい…」
上擦った声で最後にそれだけ言うと、口元を手の平で覆いながら俺たちから離れていく。
そして足早に一人、店を出ていった。
握られたままの手を、もう片方の手で包み込む。
温かいし、柔らかい。
本物の梨央だ。
「梨央…ごめんな…」
「ううん、私の方が酷いことした…。本当にごめんなさい…」
我慢してた涙が、丸みを帯びた頬を降りていく。
思わず抱き締めたくなるけど…
そういえば、梨央も大将も仕事中だった。
店ん中で揉めて…何してんだ…。
さすがにこれは、俺が悪い。
「大将、騒いで悪かった」
切れ長の瞳で俺を一瞥すると、大将はこれ見よがしにため息をつく。
「5分な」
「…え?」
「梨央さん、今から5分休憩」
俺たちに背を向け、厨房へ戻っていく。
「まだ仕事残ってんだから。時間になったら返せよ」
梨央と顔を見合わせた。
ああ…
話す時間をくれたってことか……。
今日ばかりは、あいつに頭上がんねぇわ……。