第2章 この腕の中の君 ※【黒尾鉄朗 続編】
仕事が終わり、駅までの道を歩く。
夜になると、もう風は冷たい。
刻々と時が過ぎていくのを感じる。
てっちゃんは今頃何してるんだろう。
仕事かな。
誰かと飲みにでも行ってるだろうか。
また、どこかへ出張かもしれない。
ホームに降りて、電車を待つ。
混雑する時間帯ではないけれど、それなりに人はいる。
目の前には、楽しそうにはしゃぐカップル。
ほんの少し前までは、私たちもあんな風に笑い合っていたのに…。
今の私には、どこにでもいるような目の前の二人が眩しくて…
思わず視線を逸らした。
すると、逸らした視線の先に、見覚えのある姿が…。
セミロングの髪。
ジャケットと膝丈のスカート。
低めのヒール。
悪目立ちしない、品のある格好。
心臓がドクンと嫌な音を立てた。
その場を離れようと片足を浮かせたタイミングで、"彼女" と目が合う。
「あ、こんばんは」
声を掛けてくるだけでなく、その人はこちらに近づいてくる。
込み上げてくる黒い感情は自分の意思ではどうにもならない。
私は動かしかけた足をその場に留めた。
だって、私はこの人に対しては後ろめたいことなんて何もないもの。
逃げるなんて、嫌。
「この前ご挨拶しそびれてしまって。黒尾くんの同僚の成瀬です」
何なんだろう、この表情。
悪びれもしない、涼やかな顔。
「…はい。彼から聞いてます。私は、」
「武田梨央さん…ですよね?」
「え?……はい」
名乗る前に、成瀬さんの声が被さる。
「本当に偶然でびっくりだったんですけど。成瀬竜って、覚えてます?」
「成瀬…竜…くん…」
「はい。中学で同じクラスでしたよね?私、妹なんです」
嫌な記憶が蘇った。
「竜くんの…妹…?」
「はい。うちの兄、気性が荒いから大変だったでしょう?私も子供の頃、散々虐められたし」
「……」
「あの兄と付き合ってたなんて、武田さんてよっぽど人がいいんですね」
「…付き合ってたって……え?ちょっと意味が…」
否定しようとすると、不思議そうに私を見る成瀬さん。
あ……
もしかして…周りに嘘ついてたのかな…。
竜くんなら、あり得る……。