第2章 この腕の中の君 ※【黒尾鉄朗 続編】
日射しがアスファルトに照りつける。
そこから湯気でも立ち上っているのではないかとジッと目を凝らしてみるが、そんなワケはない。
別の視界を求めて、私は視線をさ迷わせた。
夏真っ盛り。
夏休みのこの時期は、家族連れや友達同士、おそらく私たちと同じような男女が、駅の構内を賑わせていた。
腕時計に目を落とすと、待ち合わせの時間までまだ15分ある。
今日が来るのが楽しみで、昨日はなかなか寝付けなかった。
まるで小学生の頃の遠足だ。
あの頃も、前の日は興奮して寝られなかったっけ。
腕に引っ掛けたボストンバッグが、じりじりと皮膚に食い込む。
ヨイショ、とそれを持ち直そうとした時。
トンッと後ろから肩を叩かれた。
「おはよ。ごめん、待たせた?」
振り返ると、大きな彼が私を見下ろしていた。
いつもの笑顔も、少しだけ日に焼けたせいか何だか違って見える。
「おはよう、てっちゃん。大丈夫だよ」
「つか、早ぇーな」
「楽しみ過ぎて落ち着かなくって。早く出てきちゃった」
「お子ちゃまだね~」
「否定はしない…」
待ちに待った、てっちゃんとの初旅行。
行き先はここから一時間半ほど電車に揺られた先にある、温泉地。近過ぎず、遠過ぎず。
丸二日、日常を忘れてこれから二人きりで過ごせる。
車窓の風景はそびえ立つビルの波から、田畑や田園へと変わっていく。
しばらくして乗り換えた電車は、私たちを乗せて更に緑の深い場所へ。
お客さんの中には、駅弁を食べる人もチラホラ。
この人たちも、目的地は同じなのかな。
ていうか、てっちゃんお腹空いてない?
お弁当買えば良かった?
「てっちゃん、アメ食べる?」
「…いらね。オバチャンかよ」
「わ…おばさんとか言わないでよ!まだ若いんだからね!」
「 "オバチャン" だっつの。まさかミカンとか持ってきてねーだろうな?」
「あるよ。食べたい?」
「だからオバチャンかよ」
「酷い!お腹空いてるかと思って聞いたのに!」
私の僅かな心遣いは "オバチャン" の一言で却下された。
緑の景色を視界の端に捉えながら、いつものように憎まれ口を叩き合って、いつものように笑う。
まだ目的地には到着していない。
それなのに、隣にいるのがてっちゃんだというだけで、もうこんなにも楽しい。