第2章 この腕の中の君 ※【黒尾鉄朗 続編】
「あの時言ったこと。冗談でも酔ってたからでもないわ。私、別にお酒弱くないし。でもここで飲んだら、また同じ理由であしらわれるかもしれない。だから、ノンアルコール」
ピンク色に潤った唇は、ゆったりとした口調でこの状況を説明する。
逃げ場はないってことね…。
微妙な加減で避けてた視線を、成瀬に向ける。
そして俺は、次の声を待つ。
「私、黒尾くんが好き」
互いに数回、瞬きを繰り返すくらいの間ができる。
あの日―――家まで成瀬を送った日よりも、真剣な顔。
こんな風に、こんな顔をして言われたら、俺も適当にかわすなんてできない。
「……ごめん。成瀬のことは、そういう風に見れない」
「……そう言われるとは…思ってた。でも黒尾くん、私の職場以外での顔、知らないでしょう?見て欲しい。それから決めて欲しい。今ここでフラれるのは…ちょっと納得いかない」
「いや、そういうことじゃなくて。俺、彼女いるから」
「……嘘」
「嘘じゃねぇよ」
「いないって言ってたじゃない」
飲み会の時、そう言えばそんな話題にもなった気がする。
確かにあの時の俺は、フリーだった。
まだ梨央にも再会する前で…。
でも……
「できたんだ、彼女」
「……」
一度俺から視線を外した成瀬は、手入れされた爪の先を揃えて、目の前のグラスを両手で包む。
「……どんな人?」
「二つ年上で、昔からの友達」
「へぇ…。黒尾くん、女に甘えたいタイプなの?」
「甘えたいし甘えられたいし、両方。それに、それと年上ってのは関係ねぇよ」
「そう……」
短く呟くと、成瀬はグラスを傾け、オレンジ色のカクテルを口にした。
「間、空けすぎちゃったな…。失敗」
「成瀬モテるだろ?他にいい奴いくらでもいるじゃん」
「そういう慰め方、嫌い」
「……そりゃ悪かったな」
それからは、挑発するいつもの顔を忘れてしまったかのように、成瀬は表情を変えなかった。
グラスを空にして食事も済ませ、ホテルのお互いの部屋へ戻るまで、ただ淡々とした言葉と仕草を俺に向けた。