第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
鼓膜に直に届く吐息と水音。
今、堪らなく気持ちが昂っている。
私はこの場所が弱い。
理性が脆く崩れていきそう…。
何とかそれを阻止しようと、愛撫を邪魔するみたいに首を振った。
てっちゃんの唇が少しだけ浮く。
そこから発せられたのは、車の中で交わした淫らな約束。
「梨央ちゃんの下着姿、見せて…」
掠れるくらいの、低く囁く声。
響いたそのトーンが色っぽくて、思わず身を固くした。
「……うん…」
喉の奥から何とかそれだけ絞り出す。
「俺、後ろ向いてるから」
そう言って私に背を向けるてっちゃん。
ワンピを脱げば、身につけているのは下着だけ。
立ってようか?
また腰かける?
迷ったあげく、ベッドへよじ登って座ってみた。
「……どうぞ?」
「……」
振り向いたてっちゃんは言葉に詰まってて。
黙ってられると辛い……何か言って……。
「黒…」
「うん…」
黒い総レースに、カップの上の部分だけ赤い花が刺繍してあるブラジャー。
好みじゃなかったかな……。
マジマジ見られているのが恥ずかしいし、いいも悪いも言ってくれないし…。
手を伸ばして少し胸元を隠す。
「黒とか……エロ過ぎ…。堪んね…」
「え…、きゃ…っ」
座った状態からベッドに押し倒されて、また淫らなキスが降ってくる。
そして…
「あ…っ」
胸を包んだのは、大きな手の平。
下着越しに揉まれながら、唇は順番に首筋、鎖骨、胸の膨らんだところへ…。
ああ……悦んでくれたんだ……。
乱れた呼吸や手つきから、そう理解した。
唇も舌も指も手の平も。
胸に触れる黒髪の感触すらも。
てっちゃんが持っているもの、全てが気持ちいい。
「ね…てっちゃん…」
「ん?」
「あの、私、テクニック…とか、全然ないんだけど…ごめんね…」
もう、先に謝っておくことにする。
私は既にこんなに気持ちよくしてもらってるけど。
てっちゃんには、たぶん普通のことしかしてあげられない。
普通の女でごめんね…。
「何の話?」
胸元から顔を上げたてっちゃんが、私と視線を合わせた。
「私年上だけど、普通の経験しかしてないから。凄いテクニック…とか、ないよって話…」