第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
あれこれ色んなこと考えてたら、お湯張り終了のメロディーが鳴る。
毎日聞き慣れている音。
でも今日のそれは、まるで次の段階へ行け、と急かしているようで…。
思わず身を固くした。
「先入ってこいよ」
「うん…」
促されてリビングから出ようとしたところで、後ろから声がする。
「あ。この前の部屋着のワンピース着て」
「え…何で?」
「可愛かったから」
ニヤッとイタズラっぽく笑い、手を振って送り出される。
「……わかった」
アレのどこを気に入ったんだろ?
取りあえずクローゼットの衣装ケースから、てっちゃんご所望の物を取り出す。
あとは、下着……。
そんなに期待されたら困るけど。
でも、てっちゃんとの初めて。
やっぱり真新しいものの方がいいし、気に入って買ったし…。
コレにしよう。
一番最近買ったブラとショーツのセットに決めた。
綺麗に体を洗って、湯船に浸かる。
でもそこには、一日の疲れをとる、なんて目的はない。
ただぼんやりと時間をやり過ごす。
緊張と、不安と、期待と、好奇心と。
それから、てっちゃんに愛してもらいたいっていう思い。
いろんな気持ちをごちゃまぜにして、私はまたリビングへと戻った。
「お先でした。タオルとドライヤー、わかるとこに置いといたから」
「サンキュー。お。やっぱ可愛いな、それ」
「そう?」
「うん。回ってみて」
言われるがままクルリと回りてっちゃんを見上げてみれば、満足そうな笑みが返ってくる。
「体のライン、丸わかり。すっげーエロいの」
「……嘘」
「ホント」
一歩ずつ近づいてくる身体。
息を呑んで固まってると、すれ違い様、肩から腕にかけてツーッと指が滑っていく。
「寝室で待ってて」
色気を帯びた声でそう囁き、てっちゃんはリビングを出ていった。
「…………」
思わず大きく息を吐いてその場にしゃがみ込む。
私…今、呼吸できてた…?
それくらい鼓動がうるさくて、息苦しい。
残された私は熱をもった顔を両手で押さえたまま、ただただ深呼吸を繰り返した。