第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「今日、疲れてね?」
「ううん…。てっちゃんこそ、ずっと運転で疲れてない?」
「ぜーんぜん。助手席でじっと座ってる方が、かえって疲れたりするもんだよ?少しゆっくりしようぜ」
そう笑って、私の頭をポンポン撫でる。
「もーらい」
私の手からビールを一本取って、ソファに腰掛けた。
「昼間の写メ見るー?」なんて言いながら、プシュッとそれを開けて缶を傾けている。
何だか、至って普通…。
どうしよう…。
私、こんなに緊張してるのに。
私もてっちゃんの隣に座って、体にひと口アルコールを取り入れる。
てっちゃんのスマホの中には、昼間果樹園で撮ったさくらんぼや、庭園の紫陽花が映ってる。
「ほら。でけぇ口」
「え!?そんなの撮ってたの!?」
目の前に見せてきたのは、私がさくらんぼを食べようとしている写真。
「もう、やだっ…。消してよ…」
「どーしよっかなぁ~?じゃあ、代わりに他の写真撮っていい?」
「他の?」
「うん。この先の色んな顔した梨央ちゃんや、俺との写真」
「それは、うん…。もちろん…」
あ……何か今、ちょっと実感した。
私たち、本当に付き合うことになったんだ…。
「今日、ありがとう。すごく楽しかった」
「よかった。俺も。それにしても食ってばっかいたよな」
昼間の出来事を振り返りながら、また行きたいねって笑う。
今度はあの庭園に咲くコスモスを見てみたいな。
これからてっちゃんと過ごす甘い時間のひとつひとつを、少しずつ丁寧に重ねていきたい。
なんて、しっとりとこの先のことに思いを馳せるけれど、思考はまたすぐ別のところに。
何せ私、年下の男の人とつき合うのって初めて。
セックスも同じく。
リードしたりとか、そんなことを期待されたりするのかな。
年上だから凄いテクニックを持ってるはず、なんて思われてたらどうしよう…。
大した経験もないし、テクニックなんてもっての外…!
大丈夫……?私……。