第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
*夢主side*
「俺は、梨央ちゃんが好きだ」
そう言った。
確かにてっちゃんが、そう言ってくれた。
二人きりで会うのは、これで最後にしよう。
てっちゃんにそう話をするつもりだった。
どんなに頑張っても、てっちゃんを好きって気持ちに嘘はつけなくて。
一日めいっぱい楽しんで、これを最後の思い出にしよう。
心で汐里ちゃんに謝りながら、今日を過ごした。
でも聞かされた事実は……
汐里ちゃんが好きなのは赤葦くんで。
てっちゃんが好きなのは、私……?
「梨央ちゃんの気持ち、教えてよ」
てっちゃんとの距離がまた縮まる。
車のシートに手をかけて、私の顔を覗き込んでくる。
いつもの少しふざけた笑顔。
混乱してる頭の中とは裏腹に、この顔のてっちゃんを見てホッとしてる。
優しくて意地悪で、大人で、でも少し子どもっぽくもあって。
私が知ってるどんなてっちゃんも……
「……大好き」
ああ…。もう少し気の利いた言葉を口にできたらいいのに。
"大好き" ―――この四文字だけで伝わってるかな。
でも今の私は心も体もいっぱいいっぱいで、これがやっと。
視線を上げる。
目に映ったてっちゃんは、小さく笑っていた。
さっきのふざけた笑顔じゃなくて…。
こんな顔は初めて。
私、自惚れてもいいのかな……。
この優しい顔は、てっちゃんが "特別な人" に向ける笑顔なんだって。
ゆっくりと、私に言い聞かせるように……
「俺も。大好きです」
優しいままの瞳で、真っ直ぐに私を見つめてその言葉をくれた。
大きな手のひらで頬を包まれる。
もう、心臓が壊れちゃいそう。
「今度は、避けんなよ…」
てっちゃんの熱い視線と、口角の上がった艶のある唇。
やだ……。
まだ触れていないじゃない。
それなのに、もう堕ちていく予感しかしない……。
ほんの少しの戸惑いと、それを待ちわびる体。
私はそっと瞼を伏せた。
彼の姿は見えなくなる。
その代わりに、まるで「ここにいるよ」って教えてくれるような。
私の唇に降りてきたのは、そんな優しくて温かくてとびきり甘い、てっちゃんのキスだった―――。