第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
至って普通の蕎麦屋。
夫婦で営んでる、こぢんまりした店だ。
独身で一人暮らしの俺は、よく世話になっている。
「いらっしゃい!」
「こんばんはー」
明るい声で出迎えてくれたおばちゃん。
常連だし、軽く挨拶をする。
梨央ちゃんの姿を認めて彼女にも会釈してくれるけど、それ以上は踏み込んでこない。
「あら彼女?」なんて今のデリケートな心境でんなこと聞かれても、正直困るワケで。
おばちゃんの気配りがありがたかった。
「私、かけそばで充分」
「俺もだわ」
腹ペコの時は天ぷら蕎麦とかボリュームがあって美味いんだけど、今日はそこまで食えねぇ。
二人で蕎麦を啜って、店ん中のテレビでバラエティー番組見ながら笑って…。
デートっぽくはねぇけど、梨央ちゃんが楽しそうにしてくれてるからこれでいいのかな。
蕎麦を完食して、サービスでおばちゃんが出してくれた抹茶アイスも食べて、最後に熱い緑茶でひと息ついてから、俺たちは店を出た。
「美味しかった。ごちそうさまでした」
「どういたしまして」
さて。
問題はここから。
「少し走る?それか明日もあるし、もう帰るか?」
「じゃあ、ちょっとだけドライブ連れてって」
「オッケー」
少し走った先にある、高台の公園。
夜景が綺麗に見られることで有名な場所。
目的地は、そこ。
そこで俺が梨央ちゃんに伝えたいことは、たったひとつ―――。