第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「どうしたの?」
テーブルに頬杖を着いて梨央ちゃんを見ていたら、コーヒーカップ片手に不思議そうな顔を向けてくる。
「いや…。腹一杯になったし、ちょっと散歩しねぇ?」
「うん」
目的地は、そこから10分くらい歩いた場所。
季節ごとに色んな花が楽しめる庭園がある。
少し前までは、種類も様々な桜。
そのピンク色の花弁が落ちた頃咲くのは、花房が連なりビロードのようになる藤棚。
そして、梅雨のこの時期は、色彩鮮やかな紫陽花。
「紫陽花って、グラデーションがすごく綺麗だよね」
梨央ちゃんはスマホ片手に、ピンク、紫、青と、それぞれ写真に収めては、辺りをキョロキョロ見回している。
紫陽花は晴れている日より雨と重なった風景の方が綺麗に見える気がしていたけど。
晴れてるとか雨だとかじゃなく、梨央ちゃん越しのこの花が、俺の目には一番綺麗で凛と映る。
楽しそうにしてくれる梨央ちゃんを眺めながら、そんなことを思った。
時間はそろそろ夕時に差し掛かる。
園内をのんびり一周してから、俺たちは帰路につくため車へと乗り込んだ。
「晩飯どうする?」
何か食ってばっかいるな。
でも、軽く食わねぇと変な時間に腹が減りそうだ。
「あっさりした物がいいかなぁ」
「俺んちの近所に蕎麦屋あるけど、どう?」
「あ、お蕎麦いいね」
家の方に着く頃には、程よく腹も減ってるだろう。
二人で過ごす時間もあと僅か。
名残惜しさを感じながら、俺はハンドルを握った。