第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「もう一個だけ」
「俺も」
充分満腹だってのに、こういう時欲を出しちまうのは何でだ?
満腹なところに詰め込んでもあんま美味いとは思えねーのに。
それを分かっていながら、俺たちは最後の一個を口に放る。
甘酸っぱいソレを味わう傍ら、ふとあることを思い出した。
「なあなあ、アレ出来る?」
「何?」
「さくらんぼの軸を舌で結ぶってやつ」
「ああ…結べる人はキスが上手いんだっけ?そんな器用なこと出来るワケ…」
俺は口の中に出来上がったものを、ペロッと見せる。
「え!?うそ!本当に出来る人いるんだ!?」
梨央ちゃんは目を真ん丸にして俺の舌をガン見している。
「梨央ちゃんもやってみ?」
「や、やだ!なんか目付きがイヤラシイもん!」
「別にイヤラシくないですぅー。この目は生まれつき、遺伝なんですぅー。うちの親に謝ってくださぁーい」
「うっ、それは…っ、ごめん!でも!出来ても出来なくても絶対てっちゃんからかうでしょ?」
バレたか。
俺の思考が読めるのはさすがだわ。
「よくお分かりで」
「てっちゃんの魂胆なんて見え見えなんですぅー」
梨央ちゃんは俺の口調を真似て得意気になっている。
大人びた雰囲気とは打って変わって、こうやってふざけたりすんだよな。
そんなところも可愛くて好きだ。