第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
ふざける梨央ちゃんを乗せて走らせた車は、あっと言う間に目的地に到着した。
広い果樹園の中、太陽の光に反射した赤い実がビー玉みたいにキラキラ輝いている。
頭の上から沢山ぶら下がったそれを見て、梨央ちゃんは目をキラキラさせた。
待ちきれない、とでも言うようにソワソワし出す。
「何か可愛いよね、さくらんぼって。これ、もう食べていいの?」
「ああ、いいよ。種は紙コップに入れてくださいねー」
「はーい」
素直に返事が返ってくるあたり、ツアーのお客さん…っていうか、引率の先生の気分だな。
早速さくらんぼを摘んで口の中に入れる。
「わ、甘い…。美味しいね」
モグモグしながら赤い実に手を伸ばしている姿が、無邪気で可愛い。
「これ、みんなどのくらい食べられるんだろう?」
「小さいから結構食えると思うだろ?」
「うん」
「だけどな、意外と食えねーんだ、コレが」
「えー?本当に?」
梨央ちゃんは疑いの眼差しで俺を見る。
その後もパクパクと食べ進めて、15分程が経過。
「う…ほんとだ…。お腹いっぱい…」
梨央ちゃんは腹を手の平でさすっている。
手にしている紙コップの中には、種が山盛り。
「結構食った方だわ、それ」
俺と同じくらい食ったんじゃね?
って言葉は、とりあえず飲み込んだ。
結構食べるし酒も飲むし、こうして楽しそうに笑ってくれる。
見た目や性格が好きってだけじゃなく、一緒にいる時間が心地いい。
こう思える女と巡り会うことは簡単じゃない。
友達にはなり得ても、恋愛感情までは抱けなかったり。
見た目だけ好みでも、価値観がイマイチ合わなかったり。
大人になればなるだけその価値観の数は増え、単純ではなくなる。
梨央ちゃんは俺のこと、どんな風に思ってんだろうな。