第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「もう、五年前のことだもんね…」
俺たちはあの時と同じベンチに座っていた。
「泣いてる梨央ちゃんに、どうしていいかわかんなかったわ、俺」
「ううん。一緒にいてくれるだけで安心できた」
「そ?」
あの頃の俺でも、少しは役に立てたのか?
「あの日はね…」
真剣な声で梨央ちゃんが語り始める。
「あの日は、お父さんとお母さんの離婚が成立した日だったの…」
「……そうだったんだ」
特別驚きはしなかった。
梨央ちゃんの家には、そういう事情があるのかもしれないとは思ってたし。
「そもそも、中三の二学期に転校してくるなんて、ちょっと不自然でしょ?」
「そう…だね」
「離婚の原因っていうのが、お父さんの浮気でね。よりによって、相手の女の人が近所の若い奥さんだったの。ダブル不倫ってやつ」
それは……何も言えねぇ。
「浮気相手の旦那さんがうちに怒鳴り込んできて、もう修羅場。玄関先でそんなことしてたから、近所の人が集まってきちゃって……」
梨央ちゃんの声が上擦ってる。
「近所でも学校でも、うちは噂の的。私も無視されたり、いじめられたり。お父さんが浮気してたっていうだけでもショックなのに、もう学校になんて行きたくなくて、限界で……。お母さんももちろんそれは同じでね。逃げるようにこの街に引っ越して来た」
静かに頬に伝う、雫。
あの日と同じように、俺はタオルを梨央ちゃんに渡す。