第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
「武田さん。黒尾くん来てるよ」
「あ…そうですか…」
リエーフくんの結婚祝い以来。
てっちゃんは仕事帰り、時々うちのカフェに来てくれる。
バレーをしていた南さんとも仲良くなって、お客さんがいなくなった後はよく二人で話し込んだりもしている。
いつも料理とお酒を注文。
食後のスイーツは、その時食べたりお持ち帰りしてくれたり。
普段はてっちゃん一人で来るけれど、今日はもう一人お客さんを連れてきてくれた。
閉店間近、店内のお客さんがほとんどいなくなったのを見計らって、私は彼らのテーブルに顔を出す。
「いらっしゃいませ。こんばんは、ツッキー」
「どうも」
食事のデザートに苺のショートケーキを注文してくれたツッキー。
ケーキ皿は既に空いていて、ティーカップに口を付けている。
そう言えば、リエーフくんのお祝いのケーキも褒めてくれたよね?
好きなのかな…ケーキ。
紅茶をひと口飲んだ彼は、私の視線がまだ留まっているのを感じたようでこちらを見上げる。
「何か?」と怪訝な顔をして呟いた。
「ううん。来てくれてありがとね」
「……いえ」
そのやり取りを眺めながら、てっちゃんはいつものニヤニヤ顔。
「梨央ちゃんのケーキが気に入ったみたいよ、ツッキー」
「……」
からかうような口調にツッキーは渋い顔をする。
本当だとしたら、パティシエとしてこんなに嬉しいことはない。
「ねぇ黒尾くん。これ試作品なんだけど食べてみて?」
「いいんすか?」
南さんが、鶏肉に野菜を添えた料理を運んでくる。
「酒となら合うと思うんだけど、単品じゃ濃いかなぁ?」
「いや、うまいっすよ。スパイス効いてて」
「本当はさ、女性客にウケそうな料理の方がよく売れるんだよね。だけどそうなるとバリエーションがさぁ…」
南さんは話し出すと長いんだよなぁ…。
でもさすが、そこはてっちゃん。
むしろ話を広げて会話を楽しんでいるみたい。