第1章 近くて遠い君 ※【黒尾鉄朗】
ここは、女性用の浴衣の販売会場。
てっちゃんが一人でいるワケはなくて…。
「あぁ、もう迷っちゃう。どうしよう…」
そう言いながら、私が似合わなかった、大輪の牡丹柄の浴衣を試着している女の子。
汐里ちゃんだ……。
「テツさん、どれがいいかなぁ?」
「俺三着まで絞ったろ。あとは自分で決めろよ」
「酷い!付き合ってくれる約束は?」
「あーもう、わーったよ。じゃあ、そっちの赤い方」
「こっち…?うーん…」
「ほら見ろ。結局自分の好きなのを選ぶんだろ?」
それは付き合ってる男女が交わす会話そのもので。
思わずそこから目を逸らした。
胸の音がうるさい。
見ないようにしても、声だけは聞こえてくる。
顔を合わせたくない。
てっちゃんが女の子といるのが嫌。
楽しそうに笑ってるのが嫌。
憎まれ口や意地悪だって、他の子には言って欲しくない。
あの大きくて優しい手が誰かのものだと思うと、泣きたくなる……。
視界に入れたのはほんの数秒間。
その数秒で捉えた二人はやっぱりお似合いで。
背の高いてっちゃんと、男の人ならきっと守りたくなるような、華奢で小柄な汐里ちゃん。
ここに、いたくない……。
包装してもらった浴衣を受け取ると、私は二人を避けるようにして足早にそこから立ち去った。