第9章 騎士達の凱旋
真綿が音を立てずにすり足で腰を落とす。
抜打ちの体勢だった。
ナイフを腰の側面に構える。
花房真綿は、世界有数の暗殺者であり
そして特A級危険異能保持者である。
特務課にもその異能の効果は掲載されているものの、
その異能力の真名は未だ入手されていない。
特A級危険異能者とは––––
その物々しい名の通り、必ず人が死ぬ異能だとか、もとより奇跡を起こすための異能に
『必ず』というものがくっついてくる異能持ちの人に課せられる等級。
ある人は、必ずと人を事故死させる異能力を。
ある人は、必ず愛する者に殺される異能力を。
後者は、精神操作系にも分類されているので、忌まれているのだが……
––––そして。
「妾の異能……受け取るが良い」
ずるずると蛇の這うような音を立てて、真綿の足元に
異能を発動する際の現象である、碧色の文字帯が竜のようになって群がる。
その淡いシアン色をした文字の帯から、同色の霧が発生する。
真綿の足元から霧が生産されていた。
す、と無意識に二人共が息を止める。
「…疎影 横斜し、水 清浅……
暗香 浮動し、月 黄昏…」
その異能を発生するための祝詞を奏上する。
淡く空間に溶け込むかのような碧の光が、その文言を帯状にした。
「全力で来い…」
「応ともさ。言われずともその素首、今に刎ね飛ばしてやろう」
この異能を最後に使ったのは……
嗚呼、由紀を切った時か。
あの時は由紀の異能による強制だった。
「久方ぶりに良い騎士に出会えたと思ったら、もう別れだ。
呆気ないものだ…」
「ハ。この妾を、騎士と言ったか。
我らは悪虐非道な組織、皆に嫌われるポートマフィアだ。
騎士道精神など、少しも持ち合わせていないだろうさ。
さ、貴様が愛した女に呆気なく殺されるが良い。」
異能を詠唱したのと同時に、筋肉のねじ切れる音がした。
「……ぁ––––ぐぅ…っ?」
暴虐的なまでの衝撃。
恐る恐る副司令の男が彼自身の下腹を見れば、
足元の床に、自分の臓器が散乱していた。