第8章 暗香疎影
同時刻。
真綿が副司令の男と、剣戟を交えた時。
織田作が、ジイドと銃火をあげた時。
ポートマフィアの本部ビル、最上階の首領執務室。
「紅茶がまだだよ、太宰君。」
黒服黒眼鏡の筋骨隆々とした彼らが、
その森の一言で太宰に一斉に銃口を向けた。
「まあ座りなさい。」
だが、そうとは言われても太宰は微動だにしない。
「織田作と真綿が待っている。」
「座りなさい」
太宰が瞬きすらせずに、その淀んだ黒瞳で幾つもの銃口を見据えた。
部屋の中央まで戻り、座らずに首領の前に立つ。
「ずっと考えてました。マフィアとミミックと黒い特殊部隊。
失踪した坂口安吾は、二重スパイだったんですね。」
そう––––坂口安吾は、異能特務課という軍警の組織に所属していた。
つまり警察。
マフィアの敵でもあり、ミミックの敵でもある。
ひいては、異能者の敵……というわけではないものの、『対対異能者』という
異能で悪事を働く『対異能者』に対する抑止力のような存在。
対・反異能者といった方が判りやすいか。
「この三組織をめぐる対立は、誰が操っているのか。
そして安吾が異能特務課だと気付いた時、一つの結論に達しました。」
太宰が淡々と言う。
静かで底冷えするかのような声。
「これは、異能特務課の計略だという結論です。
マフィアとミミック、政府の頭痛の種である二つの犯罪組織を潰し合わせ、あわよくば共倒れを狙う。」
太宰が真っ直ぐに森を見つめ、半ば睨むような目線で訴える。
「でも、違っていた。
私の予想は違っていた。
このシナリオを描いたのは……
首領、あなただ。」
太宰が、目を閉じるように細めながら言った。
「犯罪組織ミミックの脅威を利用し、異能特務課を交渉のテーブルに引きずり出した。
そして、計略の中心的な手駒になったのが、安吾だった」
森は、太宰の言い分を静かに聞いていた。
本来なら……否、いつもなら。
そんな彼のそばには、面白そうに笑うあの彼女が侍っていたのだろう。
「首領。あなたが安吾をミミック内に潜入させたのは、ミミックの情報を得る為ではなかった。
何故なら、坂口安吾が異能特務課の人間だと…最初から知っていたからです」
「ほう?」
二人の舌戦が苛烈を極め、火花が散った。