第8章 暗香疎影
「……」
そっとバロック調のドアに手を伸ばす。
気配を最大に殺して、腰元のベルトに吊るしたナイフを手に取った。
真綿の暗器であるスカルペスと糸は、狭い所で使うのを得意としている。
風のある野外で使うのは骨が折れるし、
まあ、その場合はナイフでどうにか出来てしまうのだが。
「……出て来い。
姿を現せ、卑しきポートマフィアの暗殺者。」
歓談室から副司令であろう男の声が聞こえてきたが、耳を貸すことはない。
暗殺者が名乗りを上げて姿を晒すなど愚行も愚行。
榴弾のピンを抜いて、
遮光のアイシャドウをした目を閉じる––––。
「––––く、小賢しい」
爆音と黒煙が部屋から勢いよく吐き出されて、ドアが盛大に吹っ飛んだ。
忌々しげな男の声が微かにしたが、爆音に掻き消える。
影を縫って低姿勢のまま、副司令の男に音なく忍び寄り、
逆手に持ち替えたナイフの柄を首筋に叩き込んだ。
「チ、」
手を引き、得物にくくり付けた鉄線を手繰る。
手練れだ。
グレネード程度では、このくらいしか隙を作れないものか。
煙を切って とん、とその場で旋回。
下段から、掬い取るかのように男の顎を蹴り砕く。
「––––ッ!」
「––––ふむん……?」
しかし、相手の着込んだ衝撃吸収材に、威力が相殺された。
パキパキと空気の抜ける音がする。
真綿の斬撃を、直前で受け止めたのだ。
「こ、の……」
真綿の口元に獰猛な笑みが浮いた。
靴に仕込んだ刃をはみ出させ、真横から脳を狙って殴打。
カーボンナノチューブの、薄くて軽くて、切れ味抜群の仕込み刃が相手の腕を傷付けた。
たったそれだけだ。
息を飲むような一瞬の瞬間のうちに、二つの影が舞い踊る。