第8章 暗香疎影
同時刻。
ポートマフィア首領執務室に、太宰が向かっている時のこと。
とある西方
そこには、ポートマフィア五大幹部の一人である三島由紀夫と、
準幹部である中原中也がいた。
「ふむ……
真綿がいないというだけで、ここまで精神が空虚になるとはね……」
三島が理性的な笑みを浮かべながらも、隣にいる小柄な青年に呟いた。
昼前だというのに、この2人含め数多の部下たちのいる広い倉庫は真っ暗で
夜目を鍛えておかなければ、弾だって当たりにくいだろう。
あの暗殺者さえいれば、と誰だって思ったはずだ。
「ハ、言ってろ……なァにが花の紳士だ
第一、手前ェは女に優し過ぎンだよ!」
中也が噛み付くように反駁した。
"嗚呼、『女性にはまるで花を触るように、丁寧に優しく』が
由紀の信条みたいなものだからね。"
いつだったか、こいつの恋人……じゃねェな、
昔なじみ…?の真綿が、そんなことを言っていた……
いや本当、今でさえ三島は、真綿の異能によって
こんなにも大怪我を負っているというのに
「俺には無理だわ、そういう博愛ッぽいの」
そう呟けば、暗闇の中で静かに揺れたミルクティー色の髪が
ふわりとたなびいた。
こっちを振り向いたらしい。
「ふふ、それは違う。
僕はね、中也」
その濃紺の瞳が、暗闇の中だと、ものすごく濁った黒に見えた。
「僕にとって真綿以外の人間は、心底どうだっていいのさ。
目の前で愛し合っていても。
例え殺し合っていたとしても。
……ま、僕の異能がこんなものだからね。
愛だの何だの、呑気に語れるような身分じゃあない筈だとも。」
その穏やかな笑みは、こんな汚れた場所に相応しくない。
三島の紳士性も、穏便な性格も、すべてはたった一人以外の人間が、どうでもいいから。
やはりポートマフィアの首領も、飛んだ狡智の限りを尽くす人だが
五大幹部ともなれば、脈絡のぶっ飛んだ思考形成を持っている。
「却説……、気乗りはしないけれど、任務だ。
やらなければ、ね。」
「あぁ? 手前ェは下がって、俺に指示くれるだけでいい。」
キュっと中也が、その黒手袋を着直した。