第8章 暗香疎影
そう。
本来ならば……今日から、真綿は、あの中也と三島君と共に
西方任務に行けているはずだった。
しかし安吾のこの一連の事件が大きくなったから、手が回らなくなったんだ。
坂口安吾が、『ミミック』という海外の暗部の間者……つまり、スパイだったこと。
ポートマフィアに、安吾が情報屋として潜入していたこと。
そしてその『ミミック』が、本気でこのポートマフィアを更地にしようとしていること。
これだけきな臭いことが揃い踏みになれば
いくら頭脳戦が得意と言えども、真綿も手一杯だろう。
そして織田作は、その海外暗部『ミミック』のリーダーの居場所を掴み、真綿を連れて行った。
確実に二人に予想され、用意されているもの。
それが判らない太宰ではない。
それは、真綿の飼い主である森も然り……だ。
『ミミック』のリーダーは異能力者だ。
ぎり、と太宰が歯噛みした。
じわりと血の味が口の中に広がる。
見殺しにするのか。
真綿を。
一番の友人だと自負している、織田作を。
言葉にもならない、取り留めもない憤怒が沸き起こる。
真綿なら、あるいは とそう考えることも出来るが
織田作が彼女のそばにいればそれは別だ。
今や銀の託宣を行使した織田作は、首領同然。
真綿は身を呈して、織田作を守るだろう。
言葉通り、命を賭してでも。
「……織田作と真綿を救援するため、幹部級 異能者の小隊を編成し、
ミミック本部へ強襲をかける許可を頂けますね」
要点をまとめて言えただけ、太宰の脳はまだ理性が残っていたのだろう。
大切な人が––––友人の彼と、かたや恋人とも言えそうな彼女が
敵地に乗り込んで、今なお蹂躙されているかもしれない。
間に合わなかっただなんて、そんな恐ろしいことをしたくはない。