第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
それは、いつどこで、何月何日に何をしたか……
事細かに刻まれた、今を生きる人類の履歴書である。
「パンドラ……否、正確にはパンドラの匣を持つ始源の女性。
それも、疫病、悲観、欠乏、犯罪、死––––
そういった類のものを封じ込める厄災の甕、パンドラの匣、滅びのピトスを開けていないイフのパンドラ」
彼女がこの世にいるということが地球の存続を裏付けており、
彼女が死んで、初めて地球は滅ぶことを許される。
当時幼少の三島が、『ピトスを開ける前の、失敗していない"もしも"のパンドラ』の神降ろしを試みた結果がこれだ。
太宰には判らない。
自分は三島と似通う考えを持つと思っていた。
彼とは愛の考え方が世界一つ分乖離しており、似ているようで全く違う。
だからその互いに蒸発した、吹っ飛んだ思考形式で
彼と頭脳をすり合わせ、競い合い、答え合わせをし、認め合うことが楽しかった。
たしかに太宰が望むのは、自分の予想を超えてくれる何かである。
だけどこんなことって––––
「……なんてことだ……。
つまり特務課には、何千年も前のパンドラの匣を持つ本人が、代理の義理で今も生きて学習し続けているってことかい?」
千歳––––そのままだと、三島は言った。
恐らく実際は千どころではない。五千年、否、下手したらもっと……。
三島由紀夫は本物の人でなしだ。
「嗚呼。僕が人でなくなったのは……
この一件の主犯であり、また神威に触れたがゆえに
彼女を成り立たせる装置として僕も組み込まれたから。
すでにピトスを開けて失敗した世界であるこの世に、ありえない世界線のパンドラを密輸した代償なのさ」
パンドラとは人類初の女性と言われている。
つまりそれは、言い換えるなら
どんな男にも順応、適応し、時には価値を堕とす。
万象様々の性格が作れた、あるいは無から生み出すことができたということだ。
必要だったのは『どんな性格でも受け入れてくれる雄』だった。
だから三島由紀夫は女性を尊び、尊重する。
何にでも親しみを持つ穏和な好青年だが、それを本質的に愛している訳ではない。
人ならぬモノ。何か人めいたモノ。
『お前は人間ではないのだ。
お前は人交わりのならない身だ。
お前は人間ならぬ、何か奇妙に悲しい生物だ』。