第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
大人の姿に戻ったところで、
今まで頭の隅でよぎっていても見ない素振りをし続けた、あることについて生々しい想起をした。
菜穂子に対しての想いが、それの中にあった。
ヨコハマ市の完全なる悪性、ポートマフィアは
数多の傘下会社が、森鴎外を頂点とした完全なるタテ社会で成り立っている。
情報は上位下達、その上アクセス権限の差が大きく
トップに一言申すだけでも半年以上待たされる。
そんなマフィアが今も尚衰えずにいられるのは、
ひと口に部下たちの横つながり––––
所謂、利用価値を見出すだけの政略結婚が行われていることが挙げられる。
打算的とも言えるその仕組みは、ことマフィア内での恋愛沙汰は受け皿であり……
例えるなら、雨漏りをバケツひとつに集約させるようなものだろう。
落ちてくる雫はやがて器のなかで渾然一体とし、溢れそうになれば捨てる。
そうしてまた人員は外から補充され、取り替えの利く人間は後を絶たない。
いつだっただろうか……
顔見知りの部下だったか、利害関係上の同胞だったか
もはや定かではないけれど
三島は、鏡の中の白い背広を着た己を見つめる新郎に問いかけた。
『この機械的な結婚に意味はあったか』と。
新郎は三島に深々と頭を下げ、
『少なくとも、マフィアにとってマイナスでは無いでしょう。
己のプラスにはならない儀式だとしても』
と答えた。
三島はよく判らない、瞑想的な模様を刻む木扉に背を預けながら、微笑み返す。
新郎の目には、その笑みは理性で制された穏やかなものに思えた。
……当本人の心境が底知れなくても。
『これからプラスになるかもしれませんよ』
言って、三島が微笑む。
『判りません。
心を伴わない行為に、プラスの余地があるとは思えないのです』
『窮屈な数学ですね』
ともすればそれは、将来の夢を実現し仕事にするか、
それとも金銭や体裁、家庭環境等々で妥協した仕事を手にするか……
そういった考えとひどく似ていた。