第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
触れた唇は自然と離れてゆき、
間近で目が合ったと思うや、示し合わせたようにまた唇を求めた。
中也の執務室は薄暗く、真紅の絨毯も相まって この部屋が昼なのか夜なのか判り辛くしている。
––––昼も、夜もない。
嗚呼……そうか、この部屋は。
昼夜を分かたず曖昧にしているのは、由紀が……
「……中也」
大人しく押し倒された真冬に中也が覆いかぶさり、離した隙間で乾きつつある唇を舐めて湿らせる。
真冬の、あり得ざる過去の話を聞いた。
子どもの頃から平和と平穏を取り上げられた暗殺者の、ほんのささやかな願いを聞いた。
……『今がすごく幸せなもののように感じて、いささか怖い……』
もしも、だ。
もしも真冬が子どもの頃から、このポートマフィアで……首領のそばにいたとして。
そんな世迷言を漏らした真冬の心残りを払拭させるようなものが、大人に戻るための条件としてあったのだろう。
果たして中也がそれに応えられたのかどうかは、
本人も納得していないようだったけれど、戻れたということはそういうことなのだろう。
叶うはずのない幼少期。
それをポートマフィアで、主である首領や、太宰に中也という凡そ無視できない彼らに甘やかされて……
今日だけは幸せな子ども時代を過ごせたのではなかろうか。
例え身体が元に戻ったとしても、真冬の心にだけは––––
「……中也?」
「ン?」
押し倒して己の腕に閉じ込められる真冬を見下ろした。
三島を相手に見ているときとは種類の違う、ぞっとするような美貌がこちらを見据える。
「不思議なものよな……
中也と幾度も身体を重ねていても、妾たちの関係を名付けることはできないのだから」
「関係、なァ……」
友人でもなければ、上司部下でもない。
限りなくこだわるのならば、体術を教えた師として
真冬が挙がるものの、真冬は中也をそういうふうには見ない。
「そばにいるための理由なんて言い訳でしかねェよ」
「ふむん?」
「三島を見ていると、そう思わされる」
中也が真冬の頬をなでた。
愛しい者に触れる手つきであり、教えを乞うた者が施した者を慕う、繊細さを感じさせる。