第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
「……うん……そう、だね」
太宰の肩あたりにもたれ、生気を失くしたように目を瞑る三島は一つの雪花石膏(アラベスク)だった。
美しい白皙の彫刻だ。
陶器のようなその頬を太宰の細指がなでる。
彼は、三島は、未だ尚 子どもだった。
絹糸のような髪が夢の欠片に煽られていく。
「太宰。……僕の願いは、たしかに森さんのおそばに居られること––––だ。
そうだろう?
けれども、未だこうして子どもであるのなら、今まで僕は決して君に口にしたことの無い……
『ひとつの事柄』について言うべきなんだ」
ひとつの事柄……?
太宰は子どもをその腕に感じながら、どこか上の空で思考した。
彼は何も望まなかった。首領以外には何も。
しかし"それ"を言っても元の大人の姿に戻れないということは、まだ何か三島が気付かないところにあるのだ。
あるいは気付いていて口にしなかっただけか。
彼の内に秘めたる清算能力に淘汰されて、行き場を失った些細で些末な願望が掻き消されただけの。
「いいよ……なんでも言ってよ。
だってここは、そのための場所だ。
そのために大人の君が子どもの君に向けて発した伝言(メッセージ)だ。
君のために誂えられた居場所。
君のための……だから言って。
私に出来ることなら叶えてあげるから……」
太宰の言葉に三島が臥せていた目を開けた。
濃い青のような薄い紫のような、なんとも形容し難い紫陽花の瞳。
私はこの移り変わりが好きなのだ。
「太宰。
……僕と、友だちになってくれないかな?」