第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
「妾は……一度だけ、こう思った。
……もしかしたらこんな過去もあったのかもしれないと」
「こんな?」
真冬が笑う。
「ああ、そうさ。
ごく真っ当な年齢の子どもが、こうして何一つの柵(しがらみ)なく遊んでいるだなんて。
それが叶えられないイフであることは重々承知しているが……」
真冬は、自分の小さい頃の記憶が曖昧である。
それは幼過ぎたゆえのことではない。
––––そう、まるで、赤子からあの彼を船の中から助けられるまでの年齢になっていた自分の成長過程をすっ飛ばしたかのように。
真冬には自身が成長したという記憶がない。
赤子からそのまま幼年になった、というのは生物学的にはあり得ないことなのに。
あの時、今もなお子どもなのかは判らないけれど、三島由紀夫という彼に見初められた。
「由紀は……大人に戻ったかどうかは判らないが、ま、治がそばにいるのだからきっとこの仕様は理解しているのであろ。
妾に判っていて由紀に判らぬということもよもやあるまい」
「信頼してるンだな」
「どちらを?」
真冬の細めた瞳はいつもの調子を取り戻していた。
中也が肩をすくめてみせる。
「どっちもだよ」
「……そうさな。由紀は……、
由紀は、もはや好きや嫌いで語れまい。
この身体という容器は妾と由紀用に二つ与えられはしたが、深いところの精神は一つだけ」
麗しの王子様は、いつの物語も短命に終わる。
真冬も言えたことではないけれど。
「だから中也……
さっきの言葉は……嬉しかった」
他人事のようだと思われるかもしれない。
首領、紅葉、太宰、真冬、三島。
中也にとってこの面子は半ば人格形成の土台部分にいる。
「妾は逃げたいなどと思った事はない。
さっきの言葉はその場のものだ」
「真冬」
名前を呼ばれて自然と中也の方を向けば、その碧眼とかち合った。
治は……きっとこの目が好きなのだろう。
由紀は顔がいいから誰にでも好かれるだろうし、どうしてこうも外面だけで生きていけるような人ばかりなのだろうか。
引き合うように自然と二人の唇が重なった。