第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
「真冬––––」
「わたしはいつか、まだ戦うべき時に逃げ出すかもしれない」
真冬の言葉に中也がハッとする。
爪を立てられた手が痛かった。
爪が少しずつ食い込むたびに真冬の手の震えが顕著になってゆく。
今の真冬は十歳前後。
彼女のことだから戦いに身を投じる事への恐怖がないのだと思い込み、決めつけていた。
––––十歳。
その時、自分は一体何をしていただろうか?
「……遠い西の方や北米なんかもそうだが……あの辺りは異能力者を神聖視しているという事を知っているかや?」
「神聖視?」
真冬が没我と呟く。
「嗚呼、そうさ。
……突如として生まれた、人間を凌駕する異端の存在。その最たるものが由紀だとて、わたしたちも例外ではないだろう」
海外では、異能力者を神聖視している団体や新興宗教が数多くあるくらいだ。
日本が未だに少数派であることは間違いない。
大戦後、高度経済成長に入るのが遅れている理由もここにある。
この国の異能力者への当たりが冷たいなどというのは、海外では下火とされているし、相当遅れているものなのだ。
「日本だけだよ––––
目先の事にしか目が行かず、異能力者と人間を分け隔てて考えているだなんていう近視眼的なのは……」
「……三島も、同じことを言っていた」
「由紀が」
真冬は声に反して然程驚いていないようだった。
『僕の名前は三島由紀夫。
本棚の隅にでも飾ってくれたら嬉しいな』
そう優しい顔で女性を、人間を口説き籠絡させる彼が。
「この子どものわたしがお仕えしているのは、西洋だったから……待遇は悪くなかったのさ。
最も、あるじが神聖視されているくらいだから、な」
真冬が笑う。
それに中也は知っていた。
真冬がどうしてあのような、威風堂々たる大胆不敵な口調なのかを。
自分たちが軍警の手にも追えない危険極まりない任務を遂行し、それが例えマフィアとしての兇行でも、市民を守っているという事を判っているから。