第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
好奇心には道徳がない。
いつか三島が太宰に言った言葉である。
太宰が三島に近付いた。
「判らない」
そう刻苦する子供は、精神年齢と身体年齢がひどく食い違っている。
時々 言いようのない虚しさが悩める青年たちを喘がせるように、彼は苦悩していた。
世界に元からその色しかなかったような
原初的な黒いろをする海で溺れて藻搔くように、意味のない助けを求める。
太宰が歯噛みした。
ぎりと口の奥で金属でも擦れるような不快な音がする。
太宰と呼びかけ、太宰を見ているのに
三島の目は太宰を映していなかった。
子供に歩み寄るその太宰の足取りは、まるで断頭台にでも上がるような億劫さを醸し出す。
「判らな——」
「三島君っっ!」
首を振り続けた三島に太宰が怒鳴るように呼び掛けた。
抜き差しならない、もう戻って来られない境地に達してしまおうとした三島の意識が断絶される。
「……なに、してるんだい」
三島のその問い掛けは無意味なもののように思われた。
太宰の腕の温もりの中に子供がいる。
三島の、瞬きによる微かな睫毛の動きだけを捉えていた。
「君は、真冬にだけは意味を見出していたね。
彼女が君のそばに佇むことに意味があった。
それは真冬が君にとって正常さへの愛で、永遠なものへの愛の化身だったからだ」
太宰の言葉をぼんやりとした目で聞き流し、
しかし子供は子供らしかぬ笑みを浮かべる。
永遠。
太宰と三島が生来より深く切望したくせに、大嫌いな言葉だ。
「……そうだね。
僕は、真冬のあの目が好きなんだ。
感情の流露を歌っている、深くは瞬かない宿命的な目が」
三島が目を閉じる。
太宰は動かなかった。
死んだようにぴくりともしない三島が、己の腕中にいる。
太宰が切り出した。
「……何だか……、こういう時に、影のような死が来てくれたら。
そう思わないかい?」
「……そうだね」
でも、そういう訳にはいかないのだ。
三島は首領の身内のうち、それ以上にまだこの世に真冬がいる。
太宰だってそうだ。
中也、織田作、安吾。
菜穂子に真冬。
目の奥に彼らの姿が浮かぶまでは。