第49章 好きになったもの。後編…中原中也誕生日 4月29日記念
「いや久々に暴れ倒した」
「そうだね。
……大人のわたしであれば、未だ足りぬと貴様の喉笛を狙ったであろうが」
やめてくれよと中也の顔が冗談半分の真冬の言葉(半ば本気である)に笑う。
タオルで汗を拭い、息を吐いた。
「今は自重するとしよう……」
「最早自重じゃねえ、加減ッつぅんだよ」
中也の言葉に真冬が「ぬ」と眉を寄せた。
そんなあどけない顔さえ今は可憐に見えるのは、十割がた被った異能力のせいだろう。
真冬に可愛いという言葉はミスマッチであると中也は思っている。
例えるなら鞘のない抜き身の刃物。
指先で軽く触れただけでざっくり切ってしまえる長ドスのような。
雪粒をあびる紅椿、そんな情景が自然と想像された。
「そなたは夜討ち朝駆けの効率の良さを判っていないな?
貴様、わたしを師事している身にありながら……」
「尊敬はしてるけど俺は生憎、真冬を前にした太宰ほど謙虚な人間じゃァないからな。
失意泰然が真冬なら、さしずめ得意淡然は三島だ。」
暗殺業は、御百度を踏むことなどざらにある。
その度に真冬は即座に対応せねばならないし、三島は頭脳戦特化だからな……
真冬が尊大な口調である理由は、
自分が人を殺し、仕えるあるじの為なら命をも惜しまないことを誇りにしているからだ。
真冬は得物で遊ばない。
死体蹴り、オーバーキルはせず即死で落とす。
それが真冬の異能力なのだ。
……まあ、死体でなければ引きずり回したりもするが。
「エートスという言葉を知っているかや」
「……なンだ、それ」
真冬が指折りなにかを数え、ふとその子どもの瞳を中也に向けた。